トピック~最新情報~|コーチング&キャリアコンサルタント 株式会社A-cube 鹿児島市

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 昨日は訓練の受講希望者の方の面接をしました。弊社副社長の大坪と私の2名が実施しましたが、そのときに印象深かったことが有ります。

 面接の初めは、私たち二人の簡単な自己紹介、そして受講希望の方の自己紹介。

 そのあと、大坪から「これからいくつかの質問をしますが、緊張せずリラックスしてお答えください」と必ず伝えました。

 その時、9割以上の方がふっと息を吐いてほっとしたように、素敵な表情でにこっとされました。また、肩を回すしぐさをして「はい、緊張してます」とおっしゃった方もありました。

 面接は緊張するものですが、それと気づかないうちに肩に力が入ったり浅い呼吸になってしまいがちですね。そんなとき「緊張せずにリラックスして」と言われたことで、「あっそうか、今私は緊張しているんだ」と気づけて、ふっと深く息を吐くことができ力が抜けて、柔らかな笑顔が生まれたのだな、と思いました。

 ということは、面接の直前に「私、緊張してる?」と自問自答するだけでも、過度な緊張をせずに自分らしさが発揮できるように思いました。

 この4月からお子さんが高校生になって、「毎日、朝5時に起きて弁当作ってるの、大変よぉ!!」という話を何回かお聞きして、久しぶりにタイトルの言葉を思い出しました。

 この言葉は私たちがかかわっているAFS(国際交流ボランティア、高校生の交換留学サポート)の活動の際にある支部長さんからきいた言葉です。いい言葉だなぁと思ったので、以後留学生を受け入れることになったホストファミリーのお母さんが「お弁当に何を作ったらいいのか不安」「お弁当が無ければ楽なんだけど」などおっしゃるとき、この言葉を引用しています。

 実は、私もホストファミリーをしているとき、(もともと料理はすきなのですが)お弁当作りを面倒だなぁと思うことがあります。そんな時も、「弁当は作るものに非ず、詰めるものなり」とブツブツ唱えながら、ありあわせのおかずを詰め込んでいました。

 最近のはやりの弁当男子のように、凝った弁当を作ることはしない(できない?)のですが、それでも「面倒だなぁ」と思う時に、この言葉が救いになりました。

 「ちゃんと作らなきゃ」とか「いろどりも考えなきゃ」というような捉われから解放されて、「詰めるもの、詰めるもの」と言ってるだけで、気持ちが楽になります。

 弁当以外でも、◎◎でなきゃだめ、と思い込んでることの多くは、少し置き換えてみるだけで気が楽になることも多いです。そろそろ5月病の時期にさしかかる新人社会人の皆さんにも、教えてあげたいやり方です。

 ありがたいことに、この4月は表題のような内容の講座やコンサルティングのご依頼を何回かいただきました。

 セミナーや勉強会を何回やっても、その時はよくてもなかなか習慣化しない、どうすれば行動を変えることができるのでしょうか?というようなご相談です。

 「行動を起こそうと思っても、なかなか起こせない」ときというのは、大体において行動が具体的に洗い出せていないことが多いものです。

 そこで、次のように考えて行動を洗い出してみます。

目標達成のために。。。

「現在行っていることのやり方を 変える」としたら何ができるか
「現在行っている良くない習慣を やめる」としたら何ができるか
「現在行っていないことを新たに 始める」としたら何ができるか
 

そうすると、何から始めたらいいのかわからなかった場合でも、意外にいくつか洗い出せます。

是非、お試し下さい。

  実はFOXテレビのAmerican Idol(アメリカンアイドル)という番組(プロになるためのオーディション番組)のファンです。今はシーズン11で、録画して見ています。

ホームページ =日本語:http://tv.foxjapan.com/channels/fox/lineup/american-idol-11/

英語:http://www.americanidol.com/

面白いから見ているのですが、なぜ面白いんだろう、と考えてみました。そうすると答えは3つ。

1.音楽が好きだから

2.プロの歌手が歌うのと違って、勝ち残るために必死に歌っているのが、感動的だから

3.審査員のコメントが的を得ていて面白いから

私の場合、この3番目が特に大きいと思いました。

 今は約10万人の応募者の中から勝ち残って、8名がしのぎを削っています。10万人の中の8人ですから、もうプロレベル。上手いのは当然で、そこから先はどれだけ心に働きかけるかにかかっているようです。

 審査員は技術的なうまさはほめながらも、心に働きかけてこなかった場合は「考えて歌っている」「技術で歌おうとしている」「歌が自分のものになっていない」「歌の物語をかたっていない」など、コメントしています。

 不思議とテレビのこちら側で聞いていても、それらのコメントにすごく納得できるんです。

 さて、私たちが講師をするときもこういうことが重要だなと思います。

 ただ技術や知識を伝えるだけでなく、受講者がそれらを得ることの先にある、手に入れたいと思っている何か、たとえば夢や目標を共有して、一緒にそれを目指せるようでありたいと思います。

 そのためには、伝える事柄の一つ一つに責任を持ち(つまり十分に準備し)、自分の言葉で語れる様でなくては相手の気持ちに届いて、自然に行動を起こすことを促すことはできないでしょう。

 少し前ですが日本経済新聞4月8日 文化面の記事”鹿児島へ行った日”を読んで、いろいろなことを考えました。なかでも、がん患者とそうでない人の間を分ける”境界”のことについていろいろ思い当たりました。

 似ている体験で言うと、人間ドックの時。検査着に着替えた途端なんだか情けない気分になってしまいます。例えるなら、まるで実験に使われるマウスにでもなったような気分です。そして検査が終わって普段の服装に着替えると、ほっとして自分に戻った気になります。

 また、海外旅行の時。私はほとんどの場合個人で動き回るので、その国の人とそうでない人という境界を感じます。もちろん言葉の違いもあるのですが、それだけでなくそぞろ歩きの仕方とか、話すトーンとか、買い物の時のレジでの会計の時とか、一言で言ってしまえば習慣の違いという境界を感じます。

 これらの境界から不安感やちょっとした疎外感や孤立感を感じてしまうのは、自分がその境界のマイノリティ(minority、少数派)の側にいるからだと思います。マジョリティ(majority、多数派)の方にいるときには、そんな境界があることも気づかないし、ましてやマイノリティの側にいる人が感じている不安、疎外感、孤立感などは気が付かずに通り過ぎてしまいます。
 

 留学生のホストファミリーをしていて、あるときハタと気づいたのもこのことでした。「もっと積極的に日本人と会話すればいいのに」「ホストファミリーとは話せるんだから、もう日本語も大丈夫でしょ」と思っていました。でも、どんなに日本語が話せても、一人でここにいるだけでたくさんの不安と闘っているのだなぁと。

 多数の側にいるときに、どれだけ少数の側にいる人の気持ちや考えを理解して、向こう側からは見えている(でもこちら側からは気付けていない)境界に意識を向けられるかが重要、それができたらもっと相互理解を深められる、そんなことを感じた記事でした。

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2012年5月

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